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○大畠委員 民主党の大畠章宏でございます。
本日は、四人の参考人の皆さんにおかれましては、非常に急なお願いをした方々もおられますが、御出席いただきましてありがとうございました。
昭和二十二年三月十四日金曜日午前十時四十八分、この時間がいわゆる帝国議会の教育基本法委員会の第一回目の会合でございます。ひょっとしたらこの第一委員会室でやったんじゃないか、これは推測でございますが、いずれにしても、先人たちがさまざまな思いをしながら、何とか戦後の荒廃の中での日本国を、あるいは郷土、ふるさとを再建するためにどういう教育基本法にしたらいいのか、かなりの論議をしながらやったことも事実であります。
そこで、きょうは、私自身、この教育基本法について審議をしながら、どうしても腑に落ちないところがあるんです。ただいまから、過日も委員会で質疑をさせていただきましたが、歴史上の事実関係をちょっと簡単に申し上げますので、四人の参考人の皆さんに率直な感想をお述べいただきたいと思うところであります。
教育基本法というものを起草するに当たって、江戸時代は武士道がありました、そして、明治二十三年にさきの教育勅語というものが出されまして、明治天皇の名のもとに、これから日本の国の国民はこうあるべきじゃないかという指針が示されました。この指針をずっとみんなが大事に、これは熊本の学者が起草したという話を聞いておりますが、その非常に内容が濃い、まさに日本の国民あるいは日本人というのはこういうことを考えてやらなきゃいかぬだろうなというのが書いてございます。もう既に皆様方は御存じでしょうから、きょうは改めて朗読することはやめますけれども。
その後、軍国主義ということになりまして、この教育勅語を軍部が結局勝手に濫用しまして、そして、さまざまな形で軍国主義教育というのが行われたことも事実でありましょう。
そういう中で、昭和二十年八月十五日、日本国は全面的な無条件降伏、ポツダム宣言を受諾いたしまして、その後どういう形で行われたか。もう先生方も御存じだと思いますが、GHQが日本の中に入ってさまざまな調査をいたしました。
アメリカの教育調査団の目に触れた特徴的なものは何かというと、いわゆる家族というきずなが非常に強いということをどうやら目にしたようでございます。日本は結束力のかたい家族制度を基盤にした社会的関係というものを持っている、そういうところに非常に着目をしたのでありましょう。そして、二度と軍国主義教育が行われないようにどうしたらいいのか、さまざまな論議をしながら、アメリカの教育使節団の報告書の中にも、個人という言葉は、子供にも大人にも、男にも女にも同様に当てはまることも了解されなければならないという文言を報告書の中に入れているわけであります。
その後、GHQの、監視下と言ってもいいでしょう、先ほど堀尾参考人も、先人たちはさまざまな苦労をしながらも自分たちの理想を描きながらやったんだというのはそのとおりだと思うんですが、すべてその論議は、GHQに報告して了解を得なければならなかった。そういう拘束された状態の中でこの教育基本法というものができたことは事実なんだと私は思います。
その後六十年たって、この教育基本法をさてどうするか。最近の日本国の国内の乱れ、社会の乱れ、家庭の乱れ、家族関係の乱れ、地域社会のきずなの乱れ、そういうものを目の当たりにしながら、これはどうしたらいいのかということでさまざまな論議をして今日に来たわけであります。
私がお伺いしたいのは、中教審が二年間にわたってかなりの論議をして、公聴会も、東京、福岡、福島、京都、秋田、五回もやり、そしてさまざまな論議をしながら、二年間すべての審議を公開しながらやってきたわけです。
そして、平成十五年の五月十二日から、与党の教育基本法に関する協議会、そこに移りました。そして、十名の委員によって七十回にわたって論議をされた。そして、あと六人足して十六人のメンバーで、平成十八年四月十三日までに、協議会が行われて成案になったわけでありますけれども、その間の論議が、全く、自民党の議員にも、与党の議員にも知らされていないんです。この間、文部大臣にお伺いしたんですが、文部大臣が聞いたのは、四月十三日以降話を聞きましたということなんですね。
私は、こういう、先人たちが、占領下において、本当に日本の未来を考えて一生懸命、GHQに相談しなきゃならない話だったけれども、どうやったらいいかということを考えて、それを全部記録に残してオープンにした形で持ってきたんですが、今回の与党の改正案というのはほとんど中身が公になっていないんです。私は、そのところに、非常に歴史上これは大きな問題、禍根を残すんじゃないか、そういう感じを持っているところでありますが、四人の参考人の皆さんにそれぞれお話をいただきたいと思うんです。
見城さんには三点にわたってお話をいただきましたし、池田さんのお話を伺いますと、日本独自の価値観、日本の心を大切に継承したいというお話であります。まさに私ども民主党が主張した「日本を愛する心を涵養し、祖先を敬い、子孫に想いをいたし、伝統、文化、芸術を尊び、学術の振興に努め、他国や他文化を理解し、新たな文明の創造を希求する」その精神と全く同じだと思うんです。先ほどは与党案を評価されておられましたが、もっと素直な御意見を賜りたい。
そして、あとのお二人の参考人にも、歴史的な経過、特に平成十三年以降の審議過程の状況で与党案ができたということに対してどういう感想をお持ちか、それもあわせてお伺いしたいと思うんです。
○見城参考人 たくさんお話がございまして、まず……(大畠委員「こういう経過について」と呼ぶ)経過についてということでよろしいんですか。
私が中央教育審議会で審議しておりましたときはすべて公開ですし、審議自体公開ですし、その都度、パソコンを開いていただけばすべて出る、そういう形で公開をしておりました。
それから、私は法律の専門家ではございませんが、基本的に、法律の場合、大変いい内容がございましても、前文に、頭を重く持ってきて書くことというのは非常に残念で、きちんと条項として出すべきところは出された方がよろしいのではないか、こういう感想を持っております。
○池田参考人 まずは建前論から言いますと、青年会議所というのはどこの政党にくみするという団体ではございませんので、先ほど与党案と言ったのは、たまたま一番最初に出ていた案を見て、皆さんで研究して勉強したということであります。
まさに我々は、法律に求めるものは、日本の伝統、文化であるとか精神性であるとか、そういった希薄にされていたことを取り戻してほしい。それは、本来は、ルール、法律ですべきことではないのかもしれません。法律ですべてがんじがらめにして、私たちも政策提言という形で、こんなルールをつくったらどうかということは出しますが、裏を返せば、一国民としては、自分を縛る法律を政策提言として出すというのは非常に自己矛盾を感じるところではあります。
ただ、この現状をかんがみれば、そこまでしなければこの国がめちゃくちゃになってしまうという危惧、恐怖というのを一国民として本当に抱いているわけでありまして、そういうことが是正できるような法律案というのがやはり求められている。民主党案の中でそういう形が入っているのであれば、それは非常にうれしいことであり、ありがたいことだと思います。
ただ、今の本質問とはちょっとそれるのでありますけれども、先ほどのお話の中で、日本が一九四五年の八月十五日、敗戦をして、ポツダム宣言を受け入れて無条件降伏したというお話がありましたけれども、私は、今、全国をいろいろ回りながら、日本は無条件降伏などしていないという話をしています。
ポツダム宣言は全十三条にわたってありますけれども、あそこにあるのは、日本軍を解体、無条件解体で、それぞれに散らばった日本の兵隊さんにおうちに帰りなさいと日本国政府が命令をしろというような宣言だったと理解しておりますし、日本国政府の主権さえもとられてしまうような、そのような本当の無条件の降伏をしたと教えてきた教科書がいけないんだということを今教えているわけでありますので、できれば、先生にはそういうところも、日本国民に自信と誇りを取り戻す上でも本当のことをお話ししていただければと思います。済みません。
○中嶋参考人 私、中教審の委員を大分長く務めておりますので、この中教審の答申あるいはその前の中間報告にかかわりました。
特に私は、愛国心という言葉は、当然、さっき言ったような民主主義と個人主義を保障されているところでは使っても構わない、問題がないという意見なんですね。そのことは中教審の答申では、必ずしも愛国心という言葉ではなかったんですけれども、しかし、グローバル化が進む中で、郷土や国を愛する心をはぐくむというような形でまとまっております。
それを踏まえて、さっき、中教審の公聴会とおっしゃいました。全国各地でやりまして、私も公聴会に参りました。しかし、皆さん方御存じでしょうか、例えば福岡ではどういうことが起こったのか。公聴会に出席した中教審の委員が表から入れなかったんですよ、会場に。御存じですか。というのは、組合あるいは過激派が動員して、大変なけんまくでした。それが日本の教育を、しかも、中教審でやったものを、市民に説明する会がそういう状況の中で開かれています。そのこともよくわきまえておいてください。(発言する者あり)そうなんです。本当にひどかったですよ。その動員された人たちは、もう初めから教育基本法の制定に反対という形で動員されていましたから、その中に過激派が加わっていました。ですから、我々は会場に入れなくて、裏口から警備に守られて入った。それが今の日本の教育の現場です。
それから、森さんに聞いてほしいんですが、自民党に森さんがいらっしゃるのに、文章がやはりよくない。やはり教育基本法というのは格調の高い文章にしていただかなきゃいけないので、これは虚心坦懐に読むと、民主党の案の方がはるかに文章はいいですね。ですから、今後法案化するときはぜひいい文章にしていただいて、それから、法案化するときには内閣法制局あたりがいわば官僚的な文字の修正をしますから、それによって心が消えることのないようにぜひお願いいたします。
以上です。
○堀尾参考人 御質問の中で、教育勅語の成立の問題、そして教育基本法の成立の過程、歴史の問題が質問にあったと思います。これに答えていると大変になるんですけれども、私は、近代日本教育思想史の大きな本を一冊書いています。それで教育勅語の成立についても丁寧に書いていますし、それから、教育基本法の成立に関してはこういう本を書いています。
そういう立場からいいますと、教育勅語に関しては、御指摘のように、あれは天皇の言葉ということになっているけれども、基本は、つくられたわけです。だれがつくったか。元田永孚、中村正直、井上毅、そして山県も最後には関係しています。つまり、そういう人がこの文章をつくって、それを天皇の勅語にしたということです。
もう一つ、その際言っておきたいことは、井上毅の考え方というのは非常におもしろいと私は思ったのですけれども、これを法律にするかどうかという議論をやっているんです。しかし、そういう人間の道徳にかかわるような問題を議会で決めるべきものではない、ここまでは私が冒頭で説明したことと同じなんですね、法の限界ということがある。そこで、日本には天皇がいる、天皇は政党からも中立である、それで天皇の言葉として勅語を出した、こういうことでもあるんですね。だから、勅語に求めたその思いは私は非常に評価できる。
しかし、実は間違った求め方をしたというふうに思うんですね。つまり、法が入るべきでない領域というものは、人間一人一人が、国民一人一人が自分たちで豊かに考えていこうという、これが、教育の領域の問題あるいは文化の問題、学問の問題です。そういうところに国が口出しをしてはいけない。だから、戦前は勅語になったわけです。
戦後は、それこそ国民主権、一人一人の人間を大事にする、そして教育は人権であるという考え方で、そういう自由な領域というものを法は保障しなくちゃならないという形で実は教育基本法がつくられた。
ですから、つくられるときに、冒頭でもちょっと紹介しましたけれども、非常に抑制の原理を持っていたわけです。そして、そこまで書くのかという思いを持ちながら、しかし、日本の歴史を考えてみるとここまでは書かざるを得ない。しかし、これ以上書くような方向で改正をしちゃならないぞというのが田中耕太郎の意見でもあったわけですね。
同時に、その成立過程で、GHQのことを言われました。確かに占領下。その中でいかに私たちの先輩たちが、独立の精神で自分たちの思いをつくったか、これは非常にはっきりしているんです。
ですから、最近この国会でも、何かGHQの強制があったような、強制という言葉じゃありません、その枠の中で非常に偏ったものだという言い方がありますけれども、例えば一つ御紹介しますと、アメリカ使節団がやってきたとき、安倍能成が日本の文部大臣でもあったんですけれども、彼はこういうあいさつをしているんですね。日本はこれまで植民地国で日本の教育を押しつけてきた、これは間違いである、アメリカは、今教育の専門家が来たんだけれども、そういうことをやらないでほしい、そういうあいさつをしているんです。これは私は非常に立派なあいさつだったと思います。
そして、さっき南原さんのことでちょっと紹介しましたけれども、南原さんが家永裁判の第一回の証言をやっているんですけれども、そのときの証言の最後に、教育基本法の成立について、これは外から占領軍が押しつけたんだろうという質問、反対尋問をされています。それに対して南原さんは、教育刷新委員会の委員長として、毅然としてこういうふうに言われました。我々の委員会はそういうけちな委員会ではない、このメンバーを見たまえ。これで証言を終わっているんです。これは私はすごいものだと思っています。
そして、実際にその関係がどうだったのか。アメリカの使節団それ自体が、私たちは日本の教育をこれまで抑圧していたものを取り除くためにやってきたんだ、トゥー・ヒンダー・ザ・ヒンドランス・オブ・マン、そういう表現を使っているんですね。ですから、抑圧するため、枠をはめるために来たのではない。これはもう非常にはっきりしている。それはアメリカの教育使節団の良識だったというふうに私は思っています。
○大畠委員 時間が来ましたのでこれで質問を終わりますが、私は、基本的に、このような国家百年の計に当たるものについては、与党だけで論議をして法律案を出すという性格では全くない。これは、まさに中嶋先生からもお話がありましたが、やはり国会の中で全党に所属する国民の代表者が集まって論議して、共通する認識を示して国会に提出するのが筋であるということを申し上げまして、質問を終わります。
ありがとうございました。 |