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2007.11.1更新
LETTER from OHATA 至誠一貫・報恩感謝 |
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★No.388 日本の果たすべき「国際貢献」とは? (2007年10月22日)
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実態が見えてきた自衛隊の「テロ特措法違反」容疑 衆議院と参議院での予算委員会が終了しました。今週からテロ対策特別委員会が始まりそうです。これまでの予算委員会の質疑等で明らかになってきたのは、日本国の法律「テロ対策特別措置法」を逸脱する自衛隊の海外での行動が明らかになってきました。 2003年2月25日に日本の補給艦が補給した燃料は、日本の防衛大臣や官房長官も知らないうちに、米軍のイラク攻撃に利用されていた疑いが浮上しました。このような事では、イラク国内での航空自衛隊の輸送機3機の活動についても、「武器弾薬は輸送しない」と政府は国会で答弁していましたが、その実態は機密とされ、まったく報告されていません。日本の政府でさえ実態を把握できない状況下での海外での自衛隊活動は、妥当なのでしょうか。当時の防衛大臣や、官房長官にも虚偽の報告。国会にもまったく報告なし。このような状況下で、自衛隊が勝手に海外での活動を展開していました。これでは、民主主義国「日本」としての本質が問われ、戦前の反省がまったく生きていません。大いなる疑問が湧いた。
20日(土)の朝のテレビ番組の中で「塩爺」こと塩川正十郎氏らがテレビ番組に出演して、「民主党は、日本としての国際的責務を政局に利用している。国際貢献を継続することを認めるべきだ。福田総理はテレビのゴールデンタイムで国民に呼びかけ、国民の皆さんもしっかりと見て頂いて、認めてほしい。国際貢献として給油と水の供給を継続しようではないか。出来なかったら大変だ」と多いに息巻いていました。 次に、同番組にアフガニスタンで活躍中の中村医師らが出演され、これまでの中村医師の活動を映像で紹介しながら「医療行為でアフガニスタンの国民を支援しようとしたが、医療行為以前の問題として、深刻な飲み水不足と食糧不足の状況をみて、井戸掘り支援活動と水路建設を始めた。その結果として、今年4月、13キロメーターの水路が完成し、枯れた大地に豊富な水を引くことが出来、豊かな農地が生まれ、約1万人分の麦を作ることが出来た。まず、アフガニスタンの貧困国民に豊かな農地を提供し、食料確保などの民生支援こそ本当の意味でのアフガニスタンに対する支援活動ではないか」という内容の報道でした。この中村医師らの報道をみて、塩爺らの主張がなんと色あせて見えたことか。
中村医師は、「先進国の人はテロリストと呼んでいるが、みんな貧しい農民出身者がほとんどだ。米軍の爆撃により、身近な人を失い、米軍に対して憎しみを持つ人が増大している。現地では清潔な水と食糧難により難民が増えており、ますます混乱状態が拡大している。大切なことは、貧困からの脱出を支援することであり、軍事的に単純にテロリストに対して掃討作戦を行なえば、ことが済む訳ではない。」というような主旨のお話をされていました。実際に、アフガニスタン国内で13キロの水路を作り、耕作地を豊かにして麦を生産し、1万人分の食料生産に成功した実践者の言葉に説得性が十分にありました。 民主党としても、国連を中心として、国際社会が協調して、世界から貧困をなくし、紛争の原因の一つである貧困からの脱出を支援する事などが、これまで平和憲法に基づく平和外交路線を積み重ねてきた日本国らしい「国際貢献策」であろうと考える。
16日(火)の夕方、日立市内のホテルにて「くらしと生命保険を語る会」が開催されました。これは、生保労連主催で、生命保険関係者の皆さんに集まって頂き、現在、金融庁、および与党が進めている、12月22日から実施予定の「銀行窓口で生命保険の販売」について、独禁法における優越的地位の乱用の懸念があるとして、実施計画を再検討すべきであることなどを含めて、国政報告をさせて頂きました。
10月14日(日)、茨城高校創立80周年、茨城中学創立50周年祝賀会が開催されました。「報恩感謝」の精神を掲げて、飯村丈三郎先生は、明治時代に長期に渡り茨城新聞社の社長を勤められ、社長を退任後、次代を担う子どもたちの教育の必要性を痛感し、昭和2年に、水戸弘道館の流れを汲む旧制茨城中学を創設され、その後の茨城高等学校となりました。 また、昭和32年には、現在の茨城中学を創設し、現在に至っております。 主な卒業生としては、私が中学入学時に学校長を兼任されていた岩上二郎元知事や、現在の橋本昌知事も、さらに、元日経新聞社長の鶴田卓彦氏、水戸市長の加藤浩一氏も卒業生であります。 来賓のお祝いの言葉の中で印象的であったのは、「報恩感謝の精神を基にこれまでも生きてきた。これからも飯村丈三郎先生の志を受け継ぎ、次世代を担う学生たちにもこの精神を伝承するよう関係者のご努力をお願いしたい」という主旨のご挨拶でした。とかく、昨今の日本社会では、自分にとって損か得かが判断基準となりがちでありますが、幕末から明治、大正、昭和の初期、そして、戦後の日本の復興に当たった、先人達を思い起こし、過ちのない日本人としての生き方を模索しなければと考えさせられた一日でありました。
10月19日(金)、日立製作所の原子力関係職場に携わった方々のOB会総会が開催されました。会場には、浜田邦雄会長を始め懐かしい方々とお会いすることが出来ました。これからも職場で培った日立精神を大切に、政治の世界でがんばります。 |