(その2)

 - こ れ ま で の 歩 み -

 2007.9.12 更新

(その1) 現在の素顔へ
(その3) 大畠章宏に対するQ&Aへ

(その4) 大畠章宏に関するQ&A NO.2へ 

大畠章宏のビジョンへ

【昭和】

22年10月

  茨城県常北町にて父大畠静雄、母春子の次男として誕生

29年4月

  東茨城郡堅倉村納場小学校に入学

35年3月

  茨城県大洗町立大貫小学校卒業

38年3月

  茨城県私立茨城中学校卒業

               ( 柔道部に所属 )

41年3月

  茨城県私立茨城高等学校校卒業

46年3月

  武蔵工業大学機械工学科卒業

                  ( 体育会剣道部に所属 )

49年3月

  武蔵工業大学大学院工学研究科修士課程終了

49年4月

  株式会社 日立製作所に入社

    日立工場原子力設計部配属

        ( 日立会剣道部に入る )  

53年8月

  日立労組 日立支部執行委員

53年12月24日

  谷中孝子と結婚

55年9月

  原子力設計部に復職

61年12月

  茨城県議会議員に初当選 

63年10月

  ボーイスカウト日立第一団育成会長

【平成】

 2年2月

  衆議院議員に初当選 (1期)

 2年2月

  商工委員会委員、科学技術委員会委員

 5年7月

  衆議院議員に当選 (2期)

 7年8月

  通商産業政務次官

 8年9月

   民主党結成に尽力 、党幹事、民主党国会対策担当幹事

 8年10月

  ・衆議院議員に当選(民主党北関東比例区、3期)

  ・民主党幹事:地球市民委員長

  ・商工委員会理事

  ・民主党商工部会長

 9年3月

  民主党茨城代表

 9年9月

  石炭対策特別委員会委員長、商工委員会理事(〜10月まで、・複数回就任)

10年5月

  民主党茨城県総支部連合会代表

10年11月

  民主党茨城県第5区総支部支部長

11年9月

  民主党商工部会長

11年11月

  日立地区剣道連盟顧問

13年9月

  衆議院内閣常任委員長(〜平成14年10月18日)

14年10月

  民主党役員室長(〜平成14年12月18日)

14年12月〜

   民主党「次の内閣」内閣府担当ネクスト大臣

16年9月〜

   民主党「組織委員長」

19年9月〜

  民主党「次の内閣」金融担当大臣(経済財政担当兼務)

 内閣委員会の筆頭理事

 

日立製作所へ同期入社の仲間

 

   

     茨城県県議会議員選挙に立候補

 

 茨城県東茨城郡常北町で生まれ、堅倉村納場(現美野里町),大洗町および水戸市で少年時代を過ごした後、東京での学生生活を送りました。 

  昭和49年の社会人としての第一歩は、日立製作所で原子力プラントの設計業務に従事しました。その後、昭和61年12月、藤原誠県会議員の後継者として、多くの働く仲間の皆さんのご支援を頂き、茨城県議会議員、さらに、平成2年2月、故城地豊治衆議院議員の後継者として総選挙に立候補し、多くの働く仲間の皆さんや地域の市民の皆さんの懸命なご支援を頂き、社会党衆議院議員として当選させていただきました。
 
 その後、「ロッキード事件」「リクルート事件」「佐川急便事件」と相次いだ「政治腐敗」を一掃するための政治改革に全力をあげて取り組みました。しかし、国民の半数以上の方々からご理解とご支援を頂ける、すなわち、自民党に代わり政権を担える「新党」結成の必要性を痛感し、鳩山由紀夫、邦夫氏、海江田万里氏らと力を合わせ、旧民主党結成に尽力しました。1996年9月、「旧民主党」を結成し、幹事(初代地球市民委員長)として活躍する。
 
 さらに、新進党が解党後、自民党に代わる政権を担える政治集団の結成をめざし、旧民主党幹事、そして連合組織内議員懇談会事務局長として、新党友愛、民政党、改革連合との力の結集結果として、1998年4月、新「民主党」が結成され、鹿野国対委員長のもと、国対副委員長として活躍。

 現在は民主党衆議院議員(3期)として、「中小企業や商店を営む人、まじめに働く人が報われる公正な社会、そして安心して暮らせる社会」実現のため、商工部会長として国内外の政策課題に取り組むとともに民主党政権樹立に奮闘中です。ご支援をお願い致します。 

 《大畠議員の選挙区》

 衆議院小選挙区茨城県第

(日立市、高萩市、北茨城市)

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  自然に多く接した人は正義感が強い 

ウサギ追いし、かの山、小ふな釣りし、かの川 …………… この歌を聴くたびに堅倉村納場(現美野里町)で暮らした少年時代を思い出します。小川を堰きとめて、小魚やザリガニをとって遊んだこと、しじみの貝殻を石で砕き鶏に与えたこと、かん蹴り、鬼ごっこ、木登り、陣取り、くぎぶち、馬飛び、ビーダマ、ベーゴマ、パーブチ、チャンバラゴッコ、などなど。

 さらに、小学校のたんぼでの田植え、みんなでいっせいにたんぼに入り、稲についている小さな虫を捕まえて小ビンの中に入れた害虫駆除。また、学校の畑でサツマイモを作り、収穫した時にふかして学校給食時に食べた思い出などなど。数え出したらきりがないほどの思い出がぎっしり詰まっています。

 ”自然に多く接した人は正義感が強くなる” という話を聞き昨今の社会事件を耳にするたび、なんとなく理解できる今日この頃です。

 

  

 

 

衆議院議員選挙出陣式にて


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