前衆議院議員 大畠章宏

国会質疑

:教育基本特別委員会()

教育基本法案及び日本国教育基本法案についての質問

大畠章宏  おはようございます。民主党の大畠章宏でございます。

 きょうは、この教育基本法に関する特別委員会で初めて質問をさせていただきますが、大変重要な、歴史ある教育基本法について論議をする、このことについて、いろいろとこれまでの経緯、歴史を検証しながら、どういう形で教育基本法について考えるか、そのことを少し過去を振り返りながら質問させていただきます。

 同時に、この特別委員会、きょうは小坂文部大臣、官房長官、そして猪口大臣も御出席でございますが、私たちは、教育基本法というのは大変、これからの日本の、日本人の将来、未来に対して大きな影響を与える、そういう意味から重要な法律案であるということで受けとめ、私たち自身も努力をして、今日まで参りました。

 したがいまして、これまでの経緯あるいは与党の方でつくられました閣法というものについて、それぞれ各大臣から、どういう考えをお持ちなのかということをお伺いさせていただきます。同時に、民主党の提案者におきましても、私が御質問することについてどのような考えをお持ちなのか、これも並行してお伺いをさせていただきます。

 私自身も教育基本法というものをいろいろと調べさせていただきましたけれども、日本の教育基本法は教育勅語というものに深く関与しているということは、皆様方も御存じのとおりであります。町村筆頭理事も文部大臣をされておりまして、それも二回文部大臣をされるという深い経験をお持ちでありまして、この問題については重々御理解をされていると思うんです。

 そこで、最初に、お手元に教育勅語の現代訳というものを配付させていただきました。私は、この資料はある方からいただきまして、全社員の方に、このような手帳の中に入れて社員の方に配っているらしいんです。これは社員の教育と、そしてまた、さまざまな格言等々も入っておりまして、こういうことで仕事をやっていこうよという、その中の一つでありますけれども、ここに私は、GHQ、昭和二十年八月十五日、日本が敗戦をした後、これは朗読しちゃだめだということで禁止をされましたけれども、この内容のどこが悪かったのか、これが検証をされないまま、どうも教育基本法というものの成立に至ってしまったんじゃないか。

 したがって、例えば私なんかが考えますと、私たちは、子は親に対して孝養を尽くすことを考え、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合うようにし、夫婦は仲睦まじく温かい家庭を築き、友人は胸襟を開いて信じあえるようにしたいものです。そして、生活の中での自分の言動については慎みを忘れず、すべての人々に愛の手をさしのべ、生涯にわたっての学習を怠らず、職業に専念し、知性や品性を磨き、更に進んで、社会公共の為に貢献することを考え、また、法律や秩序を守り、非常事態や社会生活に困難が生じたような場合には、真心をもって国や社会の平和と安全に奉仕することができるようにしたいものです。

こういう文言が真ん中に入っているわけでありますが、私は、今、日本の社会を見ると、こういう基本的な考え方がどこか薄れ始めている。とにかくお金で買えないものはない、何でもいいから買い占めてしまえば自分のものになる。そして、そういう人が結局、衆議院議員選挙に立候補して、みんなが応援して、その後、今度は拘置所に入る。こういうことが繰り返されていて、私は、何が日本人の基本なのか、大人社会がほとんどこういう内容について示していない。その中で子供たちが育っていて、子供たちも一体何を目標にしたらいいかわからなくなってきているんですね。

 ですから、教育基本法をいろいろ考える前に、一体、歴史的に、教育勅語というものの中身で何が悪かったのか、この検証がされていないところに、私はどうも日本の国の混乱があるように感じて仕方ありません。この件について、小坂文部大臣並びに官房長官、猪口大臣、そして提案者から、まずこの件についてのそれぞれの御認識をいただきたいと思います。

小坂国務大臣  大畠章宏が御指摘なさいましたように、明治二十三年、教育勅語が発せられまして、およそ半世紀にわたって我が国の教育の基本理念とされてきたものでございます。

 しかしながら、戦後の諸改革の中で、教育勅語を我が国教育の唯一の根本とする考え方を改めるとともに、これを神格化して取り扱うことなどが禁止をされ、これにかわって、我が国の教育の根本理念が定められるものとして、昭和二十二年三月に現在の教育基本法が制定をされたわけでございます。この教育基本法につきましては、昭和二十一年六月の帝国議会において、当時の田中耕太郎文部大臣が、教育の根本法というべきものの制定についての考え方を答弁され、これをきっかけとして制定に至ってきたものでございます。

 委員がただいま御指摘をなさいました、我が国の戦前教育、そのもとにあった教育勅語のどこが悪かったのか、こういう御指摘でございますけれども、そのもの自体というよりも、明治五年に学制を公布いたしまして近代学校制度を導入して以来、国民の熱意や努力もあって、全体として見れば、我が国の近代化に大きく貢献してきたことは間違いのないところでございます。

 しかしながら、一時期、戦時下を中心とする軍国主義及び極端な国家主義的な教育が強まったこともあったと考えるわけでございまして、そのような点についての反省に立って、現行の教育基本法は、民主的で平和的な国家建設に向けて我が国の教育の根本理念を定めるものとして、日本政府の発意によりまして、帝国議会の審議を経て制定されたものであるわけでございます。

 したがいまして、この教育勅語のどこが間違っているということについては、教育勅語の道徳的な、道徳訓というようなそういう精神はいつの世にも必要なもの、それが憲法で否定されているものでない限りこれは生き続けるもの、こうも考えるわけでございますけれども、しかし、戦後教育は、そういったただいま申し上げたような事情により、教育基本法を新たに制定し、それを教育の根本理念として今日的な教育制度というものを構築してきたところでございまして、そのように御理解を賜りたいと存じます。

安倍国務大臣  確かに、大畠先生が御指摘になられますように、私たちの進むべき道、この口語訳された、また現代語訳されたものを見ますと、「子は親に対して孝養を尽くす」「兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合う」「夫婦は仲睦まじく温かい家庭を築き、友人は胸襟を開いて信じあえる」、大変すばらしい理念が書いてある、このように思うわけであります。

 しかしながら、この原文につきましては、いわば皇運という言葉がされていたり、いわば新憲法の理念、教育基本法が制定されたときにはまだ旧憲法でありますが、既に新憲法はつくられていたわけでありますが、その中で新たな教育の理念を定めたものが教育基本法である、このように思うわけでありまして、戦後の諸改革の中で、教育勅語を我が国教育の唯一の根本とする考え方を改めるとともに、これを神格化して取り扱うことなどが禁止され、これにかわり、我が国の教育の根本理念を定めるものとして昭和二十二年三月に教育基本法が成立されたものである、このように理解をいたしております。

猪口国務大臣  大畠先生にお答え申し上げますが、既に文科大臣と官房長官から答弁があったとおりであると考えております。

 やはり民主的で平和な国家をつくるというところへの思いが、当時日本政府として発意し、そして帝国議会で制定されていくそのプロセスにあったのではないか、その部分がとても重要ではないか。そして、その民主的なる制度ということの前提で教育を考えていくということから、この教育勅語についての、当時の教育制度について発意をされた方々の考え方が示されたのではないかと思っております。

達増議員  まずは、大畠章宏の、現教育基本法の歴史的背景についてということで、まず教育勅語からさかのぼって検討するというその姿勢については、これは非常に重要なことだと考えておりまして、憲法調査会で行われているような憲法制定のそもそもの歴史、そうした背景のところから国会として、院としてきちんと理解を深めながらこの教育基本法の議論を進めていかなければならないということ、本当にそのとおりだと思います。

 さて、教育勅語につきましては、これは衆議院の事務局に長く勤め、国会議員も経験しているある方が述べていることですけれども、議会制民主主義というものは、欧米で発達するに当たって、キリスト教的倫理に支えられていた、日本が明治維新後、西洋で発達した近代的な民主主義を導入するに当たって、やはり何か倫理的な精神的な支えをきちんと持つ必要があった、そういう中で、いわば憲法附属法的な趣旨を込めてこの教育勅語が制定されたということを説いていまして、そういった観点からいたしますと、日本は歴史上、いわゆる王道というよりは覇道が物を言う、そういう局面が多々あり、それは今もそういう危険性は変わっていないんだと思います。

 太平記に描かれるような裏切り、うそ偽り、そうしたものがまかり通り、まさに勝てば官軍という、明治維新の際もそのような権力闘争や謀略などがかなり渦巻いたという指摘もございまして、そういう中から、改めて国づくりをきちんと未来に向かって進めていくに当たって、この教育勅語のような、教育を通して日本として倫理的な基盤をつくって国づくりを進めていかなければならないということが志されたのだと思いますが、しかし、その後の歴史を見ますと、必ずしもそれがうまくいかなかった。これは研究調査をさらに重ねる必要があることだと思いますけれども、やはり、この教育勅語というものが歯どめとして十全にきかなかった、あるいは逆に日本を悪い方向に持っていく濫用が行われてしまった、そういったところはさらに研究調査していかなければならないと思います。

大畠章宏  それぞれこの教育勅語というものに対する御認識を伺ったんですが、きょうお手元にお配りしました資料の二ページ目には、敗戦後どういう形でこの教育基本法というのが制定されたかという史実が書いてございます。もうこの特別委員会の委員の皆さんにおかれましては、特に与党の方では十人の文部大臣がおられるということで、もう既に釈迦に説法かもしれませんが、私なりに、大変重要な事実でありますから、振り返らせていただきます。

 八月十五日、ポツダム宣言を受諾いたしまして、九月十五日、文部省が新日本建設ノ教育ノ方針というものを発表しました。十月十一日は、マッカーサー連合国最高司令官が首相に憲法改正を示唆いたしました。二十二日は、連合国軍最高司令部が、日本教育制度に対する管理政策を指令した。そして、二十一年三月五日には、米国教育使節団が来日し、一カ月にわたって調査を行い、報告書を提出いたしました。その後、憲法改正が行われました。これが六月二十日、帝国憲法改正案を衆議院に提出。そして、議会における帝国憲法改正案審議において、田中文部大臣が、教育根本法のごときものの制定を考慮しているという答弁をし、その後、この問題について論議をしながら、三ページ目に入りますが、教育刷新委員会に第一特別委員会というのを設置して、そして、その一方で、十月の六日に貴族院で日本国憲法が議決され、翌七日には衆議院において同意をし、そして十一月三日、日本国憲法が公布され、その後、十二月二十七日、この刷新委員会で建議を行って、翌年、昭和二十二年三月四日、教育基本法案の閣議決定がされまして、その後、枢密院の諮詢を経て、教育基本法案を第九十二回帝国議会に提出をし、衆議院本会議における趣旨説明、そして貴族院における趣旨説明を経て、三月の二十五日、可決を見たところであります。

 そこで、一体、この現在の教育基本法についてでありますが、お手元の資料の四ページ目にはポツダム宣言がございます。私たちは、この教育基本法というものがどういう過程で成ってきたのかという意味では、大変重要な視点だと思いますので、参考にさせていただきました。

 この戦後教育改革の胎動というところでは、「当然、軍国主義と超国家主義の教育は禁止されるとともに、新しい民主教育を生み出す、戦後教育改革が胎動しはじめた。」ということで、このポツダム宣言の中には、「合衆国、英帝国及中華民国の巨大なる陸、海、空軍は、西方より」云々ということで、「右軍事力は、日本国が抵抗を終止するに至る迄、同国に対し戦争を遂行するの一切の聯合国の決意に依り支持せられ」云々というのがありますが、こういうものを八月十五日、受諾し、それがスタートとなって教育制度についても連合国が深く関与してきたことは、これまでの委員会での審議の中でも指摘されているところであります。

 具体的には、一九四五年十月二十二日、「日本政府の新しい内閣に対して、教育についての占領の目的と政策を、よく解らせるために、次のように指令する。」「軍国主義の考えと極端な国家主義の考えをひろめてはならない。それで軍事教育と軍事教練はすべてやめる。」「教育関係者はすべて、次の方針によって、取り調べた上で、留任させ、退職させ、復職させ、任用し、再教育し、取りしまる。」云々というのがあります。ここまで深くいわゆる連合軍は関与したわけであります。

 その次のページ、六ページ目には、米国教育使節団に協力すべき日本側教育委員会の報告書というのが出されております。三十一名で組織された委員会で作成されたもので、一部がアメリカ教育使節団に、一部が文部大臣を通して政府に提出されただけで、公表はされなかった秘密の文書と言われている。ここにも、教育勅語が云々ということで、教育勅語が問題ではないかという指摘がされておりまして、ここら辺から教育勅語は朗読してはならないという話になり始めているところであります。

 さらに、七ページ目、これもアメリカの教育使節団が日本の国の何が問題かということをいろいろ指摘しているわけでありまして、教育の目的の中に、個人という言葉は、子供にも大人にも、男にも女にも、同様に当てはまることも了解されなければならない、個人というものをもっと強く持たなければならないということが指摘されているところであります。

 それから、皆様方ももう御存じかもしれませんが、アメリカの教育使節団の報告書を見ますと、ずらっとこの教育使節団のメンバーが書いてありまして、その中で私はちょっと目をとめたのは、九ページ目の、「日本は、結束力の固い家族制度を基盤にした社会的関係という一種の芸術を創り出した国であるから、同胞愛から出発して平等に到達できるかも知れない。」非常にかたい家族制度というものが多分目についたのでありましょう。同時に、「日本の新しい精神生活は、超国家主義が宗教の仮面のもとに行使する権利を拒否することによって、すでに一歩前進した。」と書いてありますが、こういうふうにアメリカの使節団では目にしたのではないか、日本の現状について。

 それから、その十ページ目には、日本の教育の目的及び内容ということで、「高度に中央集権化された教育制度は、たとえ超国家主義や軍国主義の網に捕えられることがなくとも、強固な官僚主義に伴う害悪によって危険に陥るものである。」こういうふうな指摘もあるわけであります。

 さらには、驚くことに、十一ページ目、国語改革についても米国使節団は関与しているわけであります。「ある形式のローマ字が一般に使用されることを勧める。」私も小学校のときにローマ字を習いましたけれども、こういう背景で来たのかなと思うんです。

 とにかく、その後、この十二ページ目には、教育刷新委員会の会議録の中でさまざまなやりとりがありました。十三ページ目には、教育勅語を読むという意味において、「非常に神格化した読み方に付ても、是は私は今後の行き方に付て少し考えなければならぬ。白手袋を嵌めて捧げ持って読むというような形が、国民全般としてそれで宜いかどうかというような点が又考えられる」と。

 それから、いろいろなやりとりが非常に細かく議事録として残っております。十四ページ目もそのような話でありますし、特に私が目にしたのは、この十四ページ目の後ろの方ですけれども、二十番の関口さんという委員が、「そういうことを政府がやるということはどうですか。」五番の芦田委員が、「政府がやるのではありませぬ。政府というのは多数党の代表者ですから――。」これも、教育勅語にかわるものを何かつくろうというときに論議したものでありまして、この芦田さんという方、「政府がやるのではありませぬ。政府というのは多数党の代表者ですから――。」ここが非常に私は、この当時、日本の教育をどうするかというときに、かなり論議した中で、非常にポイントをついた発言ではないかと考えております。

 それから、次の十五ページ目、これは、アメリカ軍との協議の内容が事細かに、こういう話であるという議事録が残っております。

 さらには、十六ページには、ドラフト・オブ・ジ・エデュケーショナル・ファンダメンタル・ローということで、教育基本法の英文の原本があるわけでございます。日本国憲法も英文から始まったということでありますが、教育基本法も英文に盛っていろいろ審議されていたという事実があります。

 十七ページ目は、このような審議経過があり、かつその委員会の中で詳しいこのやりとりがございます。

 十八ページ目のところには、「昨年九月内閣に設けられましたところの教育刷新委員会におきまして、約半歳にわたりまして、慎重審議を重ねましたところの綱要をもとといたしまして、政府において立案作成したところのものでございます。何とぞ」云々とありますが、結局、この審議会で論議したものを原典として、いわゆる政党は関与しないで、成案を見て、内閣閣法として出しているという史実でございます。

 もちろん、十九ページ目には、不当な支配に服することなくということについてもいろいろなやりとりがございました。この当時は、軍部あるいは官僚あるいは政党、そういうものが不当な干渉をしないようにということであったようでございます。

 こういうその歴史的な背景を見ますと、文部大臣、現在の教育基本法というのがどれほど制約された中、あるいは国語でさえ、まあローマ字にしてしまおうじゃないかといういろいろな論議があった中で、軍部と官僚と学者、こういうものがいろいろ知恵を絞りながらこの教育基本法に成り立ち、そして、それをまるっきり政府は受けて、閣法として提出したんですね。

 だから、現在の教育基本法というのは、本来、部分改正とかなんかじゃなくて、もう戦後六十年たっているわけですから、独立国家として、どこからも圧力を加えられることなく、その当時の学識経験者の皆さんが、これからの日本を考えて、自由な立場で、そして論議をして、政党がいろいろ関与したり、あるいは政権がいろいろ関与したのではなくて、私は、そういう形で、全面的にというか、全く新しい教育基本法をつくるべきではなかったのか、この歴史的背景から考えますとそう考えますが、文部大臣はどのようにお考えでしょうか。

小坂国務大臣  大畠章宏におかれましては、現教育基本法の制定に至る経緯を振り返っていただきまして、わかりやすく御説明をいただきました。

 その中で、今日の教育基本法が、占領下における連合軍の指示が色濃く反映したものだという御指摘の中で、廃案とすべきだという御提案でございます。そして、新たに制定をすべきものである、こういう御認識を示されたわけでございますが、現教育基本法も、御指摘をいただいたように、日本政府の発意によりまして、帝国議会の審議を経て制定をされたものでございます。

 そして、占領下ではありましたけれども、我が国の新しい教育の根本理念を示すものとして、日本政府の発意というものになされたわけでございますし、その審議の過程においては、議会での審議を経たりということにおいて、手続的にも、また正当性においても疑いのない中で制定をされたわけでございます。

 法令の内容を全面的に改める場合、全部改正でなくて現行法を廃止して、そして新たに新法を制定するという方法もあるわけではございますけれども、制度そのものの基本は維持するということをする場合には全部改正の方式をとる、そして、改正前と改正後の継続性を強調する必要がないときや継続性が比較的薄いときには廃止、そして新法制定の方式をとることが多いわけでございまして、今回の基本法案は、現行基本法に掲げられる普遍的な理念を今後とも規定していくことから、全部改正という方式をとらせていただきました。

 なお、国会に提出した法案についてどのような審議を行うか。これはもとより国会がお決めになることでありまして、政府としては、十分な検討の上政府案を提出したところでございまして、国会においての適切な御審議をいただき、速やかに御賛成を賜りたくお願いを申し上げるところでございます。

大畠章宏  私は、今、私自身で長々と過去の経緯について申し上げましたけれども、このような屈辱的な歴史的な背景を持つ教育基本法を、なぜ部分的に修正して今度与党が出そうとしているのか。もちろんさまざまなことがあったとは思うんですが、それも、いわゆる戦時下にあっても、政党とかそういうものが関与をしない形で、いわゆる教育刷新委員会の中で、連合軍とか何かがいろいろ入ってやったと思うんですが、そこで論議した結果をそのまま内閣は閣法として提出しているんですね。

 今回、与党案というのは、中教審で論議されて、二年間の審議を経て、さまざまな、国民の皆さんにもパンフレットとか何かで、こういうことをやりますとヒアリングはやりました。そして、いろいろ、成案を出したが、その後三年間、いわゆる与党内で論議をしているんですね。論議をして、いろいろと字句を修正して出してきているんですが、我が党も対案を出しておりますが、私は、そのところがどうも腑に落ちないんです。

 今回、中教審答申の資料が、私のお示ししました資料の二十ページ目から、中教審の審議の経過ということで、平成十三年の十一月二十六日からずっと行いましたと。そして、第二十六回総会以降、公聴会を五回行いましたし、さまざまな分科会等で、懇談会等でいろいろ論議を経ながら、平成十五年三月二十日に文部大臣にその答申を出したということでありまして、その後、二十三ページ目には、その委員会での質疑というものも、いろいろ、こういうことを論議しましたというのがあるんですね。

 その後、二十四ページ目から、これは与党の理事の皆さんの御努力で出していただきましたが、平成十五年五月十二日から平成十八年四月十三日まで十回の論議を経たということでありますし、二十五ページ目には、検討会で七十回行ったということで、最終報告に至ったということでありますけれども、私は、ここら辺が、現在の教育基本法の成案を得るまでの間の、いわゆる論議の経過等々からしますと、どうも、一体どういう経過でやったのかという、その内容がよくわからないわけでございます。

 私は、本来は、戦争で負けた以降の教育基本法の審議過程におきましてもこれだけの資料が残っているわけですから、いわゆる米国使節団はさておいて、教育刷新委員会でどんな論議があったのか、そしてそれを経て、政府が閣法として出して、そしてその後、委員会で審議したのはもちろん議事録に残りますが、どうもそこら辺、どんな意見交換があって、検討があって、今日の教育基本法の改正に至ったのかというその点がよくわからぬです。

 小坂文部大臣はこの与党の教育基本法改正に関する検討会でどこから関与されましたか、この二十五ページ目から二十六ページ目について。

小坂国務大臣  私はこの協議会及び検討会のメンバーではございませんので、関与いたしておりません。

大畠章宏  私は、検討会のメンバーというのはどういう人かなと思っていろいろ調べたんですが、なかなか明らかじゃないんです。いろいろお話を伺いますと、検討会をやったんだけれども、すべてそのときの資料は回収をされて表に一切出ない。自民党の議員の皆さんのところまでほとんど行っていないですよ。ほとんどというか全く行っていないというんです。わからないというんだ、検討会で何を論議してやってきたのか。そこのところが全く空白になっているんです。

 この教育基本法とそれから郵政事業の民営化法というのは全く関係ないと思うんですが、途中までやっていた中曽根参議院議員は途中で外されているんですね。ずっと論議をしながらやってきたんだけれども、外されてしまった。保利さんも、きょう委員としておられますが、保利先生もおられますが、座長をおやめになって、顧問として後から入られたというんです。

 そして、一体、この全部で十名の方が、どんな論議をしながら、中教審の答申を受けてその内容について論議をしたのかということが白紙なんですね。外には全くわかっていないんです。小坂文部大臣すらこの検討会でどんな論議がされたかわからない。

 そして、その成案を得た後、小坂文部大臣はいつからこの教育基本法を目にし、そしてそれを提出する立場になられたのか、その事実関係だけを教えてください。

小坂国務大臣  私は昨年の十月三十一日に文部科学大臣の任命を受けまして、この協議会及び検討会の問題につきましては、四月の十三日ですか、この最終報告......(大畠章宏「平成十七年」と呼ぶ)ちょっと失礼。

 確認をさせていただきましたが、四月の十三日ですね。この第十回与党教育基本法改正に関する協議会が開催された後に最終報告を公表されまして、官房長官に最終報告書を手交された。これによりまして私入手をいたしまして、四月の二十八日閣議決定、法案を提出するという段取りまでの間、関与をしているわけでございます。

大畠章宏  今お話を伺いますと、平成十八年四月十三日、ことしになってから最終報告を受けて、そこから文部大臣が関与したということでありますが、そうすると、この与党教育基本法に関する協議会の中で、平成十五年五月十二日から平成十八年四月十三日まで、十五、十六、十七、十八、そうですね。この間の、どんな論議を経ながら法律案の審議をし、成案を見たのかという過程については、小坂文部大臣はお伺いされましたか。

小坂国務大臣  最終報告をいただきましたときに、これまでの経過についての御説明をいただきました。

大畠章宏  それはどういう形の資料ですか。資料があったんですか。

 事細かに、例えば、戦後の枢密院ですとか貴族院、衆議院でいろいろと論議してああいうふうな議論の経過等がありましたが、そういう資料というのはごらんになったでしょうか。

小坂国務大臣  この審議の経過につきましては、本日も出席しておりますが、田中生涯学習政策局長からこの審議の経過について、そのときには資料もあったと思いますが、説明を受けました。資料は局長の方が持っていると思います。

大畠章宏  それでは、田中政策局長が持っているということですから、その文部大臣に説明された資料をこの委員会にお出しいただきますように、委員長にこれは要請いたします。

森山委員長  理事会において相談いたします。

大畠章宏  今、党の資料だと言いましたが、これは、田中政策局長、文部省が関与して、政府提出の閣法にしているんです。その審議過程が全く、平成十五年から平成十八年の間の論議過程がない中で、さあ、製品ができました、それを信用して飲んでくださいと言ったって、わからないじゃないですか、見ただけでは。透明だっていろいろなものが入っているかもしれない。

 だから、私は、どういう過程でどんな論議をしてこの法律案をつくられたのか、文部大臣に説明したけれども、我々特別委員会の委員には説明できないというような、そんな品物では困るんです。これから六十年間、この教育基本法に日本国民が縛られるわけですね。

 だから、これについては、委員長にも今要請しましたので、文部大臣の方からも、これは大変重要な資料でございますので、委員会に提出するように御努力をいただきたいと思うんです。

小坂国務大臣  私が田中局長から説明を受けたものは、本日委員が提出されました、この中央教育審議会における審議の経過及びその後のずっと御説明があります資料、与党教育基本法改正に関する協議会の経過、行数はもう少し多いかもしれませんが、これらに非常に似たようなサマリーとして、こういう経過ですという説明を受けたところでございまして、これに非常に似たようなものであるということを申し上げておきます。

大畠章宏  行数が少し多いようですがと言うんですが、私は、行数が少しでも、みんな大体一行か二行ですから、行数が多いものをぜひ改めて提出を要請いたします。(発言する者あり)一行よりも少ない行数というのはあるんですか。これは、第一回の平成十五年五月十二日、「○教育基本法改正に関する考え方について意見交換。」一行しかないんですよ。一行よりも少ない行数なんかないじゃないですか。

小坂国務大臣  定かに覚えているわけではありませんが、何年から何年までに何回というような形の書き方があったと思いますので、そういうふうに申し上げたわけであります。

大畠章宏  文部大臣、私も、小坂さんをよく知っていますよ。そして今、この教育基本法に関する文部大臣、大変だと思う。それも中身もよく知らされないで答弁に立たなきゃならない。

 しかし、私は、小坂さんがいわゆる文部行政に対して大変熱を持ってこれまでやってきたのはよくわかっています。しかし、私がさっきから言ったように、戦後の占領下においてどれほどの苦労をしながら今の教育基本法をつくってきたか。(発言する者あり)時代が違うと言いますが、歴史は変わらないんです。その歴史を踏まえて未来を展望しなければ、私たちは誤りますよ。

 だから、もっと文部大臣としても、一行でいいとするんじゃなくて、もうちょっとこれは、どんな話をしたんだ、どうしてこういう改正案になったんだということは、さらに小坂さんとして、政治家として御奮闘いただきたいということを要望しておきます。

 さて、今いろいろと申し上げましたとおり、今回の与党提出教育基本法の改正案についてはその作成過程が極めて不透明なんです。

 私は、特に戦後の混乱期、教育基本法に関する歴史を先ほど、町村筆頭を初め皆様方には釈迦に説法かもしれませんが、こういう歴史を見れば、先輩方がおっしゃっているように、教育勅語に由来したこの教育基本法については、「政府がやるのではありませぬ。政府というのは多数党の代表者ですから――。」と、こんな形でこの教育基本法をやったら、政権がかわったらまた教育基本法を変えなきゃならない。憲法だって教育基本法だって、政権がかわるたびにころころころころ変えるものじゃないんです。

 したがって、私は、何を言いたいかというと、きのう私どもの鳩山幹事長が、私たちの調査会の会長をされていますが、一番最後に発言されましたが、本来、こういう基本法は与党の内部だけで論議して出すんじゃなくて、憲法と同じように、調査会というものを衆議院と参議院でつくって、そこでよく論議をして、成案を見て、そして閣法として提出する、それが本筋じゃないかということを鳩山幹事長は申し上げましたけれども、過去の歴史から見れば、それが妥当なんです。政権をとっている多数の人だけで論議して、そして成案を得て出すというものにはなじまないんです、この教育基本法というのはもともと。与党の皆さん、そう思いませんか。

 私は、だとすれば、歴史上の過去の先人たちがなぜこれまでの激論をしながらこの現在の教育基本法というものはあったのか。この当時だって、皆様方も御存じのとおり、教育刷新委員会、この答申をベースに閣法にしているんです。このときには政党は関与していないんです、政党は。私は、このような形にすべきではないかということを申し上げておるんですが、もう一度文部大臣のお話を伺いたい。

小坂国務大臣  大畠章宏のこれまでの御質問の中身としても、いろいろ表明される御意見にしても、私は非常に共通のものがあると思うんですね。大畠章宏は大変に誠実な方でいらっしゃいますし、私も委員をよく存じ上げているつもりでございますから、委員のおっしゃることにはできるだけ従いたい、こうも思うわけではありますけれども、委員が今御指摘なさいました、政党を交えないでということにおきましては、私どもは中央教育審議会というものを経て、幅広い議論をしていただく中でこういった教育の問題について取り組んできておりますし、この教育基本法のスタートとなりました教育改革国民会議といったものの提言もあるわけでございますし、また、マスコミの皆さんもいろいろな角度から検討を重ねていただいている。今日はテレビ中継等もありまして、総括質疑はテレビで中継をされ、国民の皆さんにも、野党の皆さん方が御質問されることについても明らかにされているわけでございます。

 また、この審議経過が議事録として残って、教育改革国民会議、中教審の答申あるいは与党の最終報告、そしてこの審議経過、こういったものを積み上げていきますと相当大部の資料ができ上がることと思うわけでございまして、この委員会における充実した審議によりまして、国民の皆さんの理解が得られるよう、私も誠心誠意答弁させていただきますので、何とぞ御理解を賜りますよう心からお願いを申し上げます。

大畠章宏  小坂さんらしい誠実なお話をいただきましたけれども、私は、平成十五年三月二十日、中央教育審議会の資料があるんですね。これはかなりの部数、国民に知れ渡って、これでいわゆるヒアリングをやっていたんですね。公聴会を五回やっています、各地域で。一日に五班に分けて五回なんというんじゃなくて、各所に行ってやっているんです。みんなで行って、みんなで話を聞いているんです。ですから、形式じゃなくて、私は、本当に中央教育審議会の皆さんは熱心に、敗戦後、教育勅語にかわる教育基本法をつくった、この教育基本法は一体どうすればいいのか、独立国家としてどう未来の日本を考えてやるかということで真剣にやったと思うんです。

 二年間かけてやったものを、今度は与党が三年間かけて、その論議、経過は全く表に出ないように、自民党の議員の皆さんにも全く知らせないで十人のメンバーだけでずっとやってきたというのは自民党の皆さんからも聞いているんですよ。そんな形で本当にいいのかですよ。

 私、手元に今委員の名前を持っていますが、マル秘だというから言いません。言いませんけれども、そんな形でやっていいのかなと私は思うんです。その製造過程に問題が余りにも多い。この資料を見ると、町村筆頭理事も入ってはおられません。それから、もちろん文部大臣も入っておられませんし、理事の皆さんの中ではお一人ぐらい入っておられますけれども、しかし、私は、そういう問題はもう秘密裏にしてやるような問題ではない。特に、国民の皆さんもそう思っておられるでしょう。

 与党の皆さんも公聴会をやったりなんかしたのかどうかはわかりませんけれども、私は、いずれにしても、その製造過程に疑義がある。私もものづくりの世界でやってきましたから、製造過程にどうも疑義があるということを申しておきますし、本来こういうものは、与党だけでやるんじゃなくて......(発言する者あり)そう、密室でやるんじゃなくて、オープンな形で論議をして、衆議院と参議院で調査会を設けて、憲法と同じように大切に扱うべきものであるということを改めて申し上げておきます。

 この問題は、押し問答になって、もうこれ以上進みませんので、そこで文部大臣にお伺いしたい。現実の問題です。

 私も、最近、朝早く目が覚めて、いろいろと新聞にも目を通させていただいています。これは年のせいかなと思いますが、目にする記事が非常にひどいものばかりなんですね。

 これは五月三十一日からの資料でありますが、路上で両親刺殺、二十二歳次男も胸刺して自殺。これは五月三十一日の報道にありました。それから、高校二年生、散歩中の七十九歳を刺す、世の中嫌になった。世の中嫌になったと言うんですよ、高校二年生が。面識があったのかというと、全くないということ。それから、これは私もびっくりしたんですが、これも同じ日の新聞に、小学校三年生の長女九歳に十日近く食事を与えずに餓死させようとしたとして、無職の女性三十六歳を殺人未遂容疑で逮捕した、山菜取りに来た人がたまたま林道にとめた軽乗用車の中に二人がいるのを見つけた、母子二人は衰弱しているが命に別状はない。このお母さんは、生活に困ってやった、自分も死のうと思ったと供述している。

 小坂大臣、これが、一つの事例ですよ、一つの社会の現象なんだけれども、どんなに私たちが理想像を語っても、現実の世界では、世の中が嫌になった、通りすがりの七十九歳のお年寄りを刺し殺す。生活が大変になって、子供を道連れで死んでしまう。少子化大臣、一生懸命頑張っていますけれども、こうやって幼い子供たちの命がどんどん奪われているんですよ。

 そこで、私が何を言おうとしているかというと、最近のこの日本のありさま、一体この社会状況を文部大臣としてどう見ておられるのか。また、少子化問題について言いましたが、ぜひ大臣にも、この問題についてどう考えているのか、両大臣にお伺いしたいと思います。

小坂国務大臣  大畠章宏がただいま引かれて、また読まれたそれらの事件は、私も、よく胸が痛むと言いますけれども、読んでいて身のすくむ思いといいましょうか。

 私は、子供が好きでありますし、子供たちが虐待をされるなどということはあってはならないと思います。また、私も、幼稚園、保育園を初めとしたいろいろな学校や、入学式、入園式、運動会、いろいろなところにお邪魔することがありますけれども、本当にみんなかわいくて、事故に遭ったお子さんの話を聞くと、その親御さんがいかに悲しんでいらっしゃるかということを考えれば、本当に読んでいて涙が出ることもある。テレビを見ていて本当につらくなる。

 そういうのが現実でありまして、私ども政治家としては、やはりこれは政治の責任なんだろうと思えば、自分たちなりにやっているつもりだけれどもどうしたらいいんだろうという無力感を感じることも、多分委員もおありだと思いますし、ある意味で、我々政治家が今日直面している実感ではないかと思うこともございます。

 それはどのようにして解決したらよろしいか。それは、日々、私どもいろいろな局面で、経済政策を初めとして、いろいろな政策に自分なりの努力をすることだろうと思います。しかし、その根本はやはり教育だろうということは、大方の皆さんの御指摘なされるところでありまして、そういった意味で、やはり虐待とか、学校通学路の問題、そしてまた教室の崩壊、学級崩壊といったような状況から、不登校というお子さんたちの悩み、自立心や規範意識が喪失して道徳観がなくなってきた今日の状況、本当に、そういう意味では委員も同じような気持ちでこれを御紹介いただいたと思いますので、それは委員と共有をさせていただくとともに、我々政治家がお互いに協力をしながら、こういった問題にしっかり取り組まなきゃいかぬ、そう考えるところでございます。

猪口国務大臣  大畠先生おっしゃいますとおり、少子化担当大臣として、子供が事件に巻き込まれたり被害に遭う状況につきまして、日々、胸を痛めるだけでなく、本当に深く私としても悩んでいるところでございます。一体何がこういうことの背後にあるのだろうか。施策で解決できることと、もっと根本的にこの社会の意識を問い直していくことと、両方から必要ではないかと考えることが最近多いです。

 極端な犯行事例につきましては、また個別の理由等があるかもしれませんし、これは捜査の中でいろいろとまた解明されていくと思いますが、一般的に、教育の現場に自分も長年立っておりましたので、その中で私が感じることは、子供たちは、日本において、なかなかその存在そのものを等身大で認めてもらえるという状況が少ない中で育ってきているということを感じるんですね。大学のゼミなどで、非常にすばらしいそれぞれの輝きがあるのに、そのことを伝えると、初めてそういう指摘を受けたという子が多いのを驚くことがあります。もう少し小さいときからもっと肯定感を持ってその人を受けとめて、そして発展させるというような努力が必要かとも思います。

 この教育基本法の今回の政府提案の中には、公共の精神を学び、人間性等について改めて書かなければならなかった時代状況を踏まえた認識があるというふうに御理解いただければと思います。

大畠章宏  現実の話をちょっとしましたが、小坂大臣にも猪口さんにも、ぜひ現場を見てもらいたい、もっと。永田町だけが現実じゃなくて、地域の方で本当にこういう事例がかなり起こっていますから、それも見てもらいたいと思います。

 そこで、事例として、委員会でも何回もありましたが、愛国心の学校評価は不適切、やるべきじゃないと総理もおっしゃっているんですが、現場ではもう先行してそういうことをやっているんですが、文部大臣として、この現場是正。何かコンロを出すとすぐ魚を持ってくるという、コンロを出しただけで何か始まるんですよ。ですから、今回こういう論議が始まると、もっと広がっちゃうと思うんですよ。私は、文部大臣として責任を持って答弁されていますので、この現場是正、愛国心について通信簿みたいな評価をするというものは望ましくないと思いますが、どういう形で現実に是正されますか。

小坂国務大臣  過日、総理が答弁されて、小学校、中学校の児童生徒に愛国心という内心の評価をするようなことはとんでもない、適切ではないということをおっしゃいました。私も同様に考えておりまして、国を愛する態度の評価というものは、あくまでも我が国の歴史や伝統、そしてそこにはぐくまれた文化、そして偉人たちの業績、こういったものを勉強する、それに対して前向きに取り組んでいくかどうか、あるいは、そういうことを覚えたり、またそういうことに参加したいという意識を持ったり、そういったことを全体的に見ながら、郷土や国を愛すること、あるいは伝統と文化を尊重すること、あるいは他国を尊重すること、あるいは国際社会の平和や発展に寄与する、そういったことに対して総体的な評価をしていくということになるわけであります。

 そのことをしっかり伝えないと、現場で間違った指導も行われる可能性がありますので、もう既に、五月の十八、十九日の小中学校の各教科担当指導主事連絡協議会におきましてもその旨申し上げました。また五月二十六日の全国連合小学校長会の総会というのがございましたが、ここでも、また六月一日、昨日の高等学校各教科担当指導主事連絡協議会、これらにおきましても指導するようにしっかりと担当部局に指示を出しているところでございます。

大畠章宏  今大臣から指示をしたというお話でありますが、私もいろいろな人生経験上、指示しただけでは現場はやらないときがあるんですよ。だから、必ず報告をさせて本当に是正しているんだなということを大臣の目で確認してもらいたいと思いますが、いかがですか。

小坂国務大臣  私も同様に考えます。したがいまして、指示を出したことが昨日までに実行されたことも確認いたしましたし、また、この教育基本法を皆さんによって通過させていただきました後、これが実施されましたら、その実施状況がどのようになっているか、どこかの時点で、方法等をこれから中教審等にも諮りながら決めたいと思いますが、そういう調査も行いたい、このように考えております。

大畠章宏  最後になりますけれども、民主党の提出者に伺いたいんです。時間になりましたか、それじゃ一言だけ。今ずっと論議をしてきましたが、民主党として全面改定をしましたよね。その背景についてお伺いして質問を終わります。

達増議員  先ほど大畠章宏が質問の中で、戦後の現行教育基本法制定のプロセス、どうも押しつけだったのではないか、あるいは上から与えられたのではないか、そういう疑問を提示されたと思うんですけれども、やはり教育基本法というものを日本国民、自分たちのものにしていかなければならないんだと考えます。

 私たちの提案した日本国教育基本法案の第一条、教育の目的には真の主権者という言葉がございます。教育勅語は当時の主権者であった天皇様のお言葉としてつくられたわけでありますけれども、やはり今を生きる私たち主権者が主権者として、私たちの教育基本法というものをきちんと自分のものにしていかなければならない、そういう思いを私たちは込めています。

大畠章宏  これで質問を終わりますが、いずれにしても、私は、きのうの鳩山さんの質問等が入って初めてこの特別委員会での実質的な審議に入った、これから各条ごとにしっかりと審議しながら、あるべきものを求めてまいりたいということを申し上げまして、質問を終わります。

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